海辺のカフカの佐伯さん

 つい最近、村上春樹の「海辺のカフカ」の世界に耽溺、短期間で読み終えた。二つの異なる世界が並行して描かれ、最終的にどうなるかと興味津々。そのミステリーとエロスで構築された深淵な世界観に、私は読んでる間すっかりハマってしまった。

 しかし読了後、印象が少し変わったのも事実。最初から最後までメタファー(隠喩)に貫かれた物語はそんなに深かったのか?「オイディプス王」と「雨月物語」、そしてフランツ・カフカを下敷きに少年の成長を語るが、なんだか惑わされただけ…という気がしないでもない。

 それはさておき、小説という架空の世界に登場する人物に興味を抱くことは滅多にない私だが、「海辺のカフカ」に登場する佐伯さんはいつまでも印象に残る女性になりそうだ。なぜなら彼女は、謎めいて美しく、エロティシズムを漂わせ、私を魅了したから。

 絶頂にあった二十歳の佐伯さんだが、恋人の不慮の死からその後の人生が一変、五十歳を過ぎた現在までどんな人生を歩んで来たのか詳細は分からない。今は四国高松の私立甲村図書館で館長をしているという設定。果たして、佐伯さんは少年カフカの母親なのかが重要な謎として読者に提示される。

 佐伯さんの歳が五十過ぎというのがとてもいい。もし二十代や三十代の女性だったらまったく惹かれなかったと思う。なぜなら若い女性からは謎めいた雰囲気を醸し出すのは難しく、やはり豊富な人生経験が必要なのだ。彼女はスラリとして歩く姿がキレイ、近くに視線を落としながら、じつは遠くを見ている。

 具体的にどんな女性が佐伯さんに当てはまるかいろいろ思い巡らしたが、残念ながら見当たらない。日本で二度ほど舞台化されたとき、田中裕子と宮沢りえが演じたそうだが、今ひとつピンとこない。強いて挙げれば、樋口可南子とか賀来千香子が私のイメージに合う。ヨーロッパ映画を中心に活躍した女優のシャーロット・ランプリングならイメージにピッタリ合うけど。

 蛇足。アダルトビデオでは巨乳でスタイルがいい女性をたくさん眺められるが、しかし彼女たちからエロティシズムを感じることはまったくない。当たり前で、ただヤッてるところを長々と見せつけ、過剰な演技を繰り返し、あまりに露骨過ぎて、そこには謎めいたものなど一切存在しないからだ。