変になるから素晴らしい

 川端康成が若い頃に書いた恋文が発見され話題になっている。一時期婚約していた女性に宛てたもので、なぜか未投函。川端は女性とは一緒になれなかった。「恋しくつて恋しくつて」「何も手につかない」「夜も眠れない」などの言葉が綴られ、小説家川端の切なくやるせない気持ちが伝わってくる。

 恋すれば変になる…と以前の記事でも書いたが、思い出すのは将棋の中原誠女流棋士林葉直子との関係で、もう20年以上も前のことだから記憶は曖昧だが、二人の不倫は大きな話題となり、「今から突撃しま〜す」と録音された中原の声が今も耳に残っている。中原はストーカーのように林葉に付きまとっていたらしく(真相は知らない)、あの冷静沈着な将棋の第一人者中原誠のイメージから想像もできない行動に、なぜか妙に感心した。

 「ベニスに死す(1971年度/ルキノ・ヴィスコンティ監督/伊・仏制作)」という映画では、美少年ビョルン・アンドレセンに恋した老作曲家ダーク・ボガードが顔に白粉と紅を塗りたくってベニスの街中を徘徊する。その姿は、もうほとんど狂気。最期はグチャグチャになった化粧のまま、海辺で憧れの少年を見つめながら絶命する。理想の美を求めつづけ、ついに発見し、そして恋した老作曲家はとうとう変になってしまった。

 文豪ゲーテは恋多き人生を送ったが、80才近くになっても20才にも満たない女性に恋して求婚したという。見事に失恋し彼は失意のどん底に落ちるのだが、端から見るならゲーテはなんとも変なおじいさんだったに違いない。

 美男・美女が偶然の出逢いから愛し合い、いとも簡単にベッドインして二人は幸せに包まれる…これほどツマラナイ恋愛はなく、ほとんど虚構の世界だろう。

 川端康成も、中原誠も、ダーク・ボガードも、そしてゲーテも、狂おしいばかりに恋をし、中にはとうとう変になってしまう奴もいる。事実からフィクションまでいろいろあるが、しかし私は恋した彼らに共感を抱く。道徳や倫理が教えたがる「清く正しい恋愛」なんか“クソ食らえ”だ。