死ぬまで自分の歯で噛みたい

 年に一度だが歯の検診を受けるため、先週いつもの歯医者に足を運んで診てもらった。幸いどこにも異常はななく、歯垢を除去、口内をキレイに洗浄してもらい、黄ばんだ歯も白くなりスッキリした。

 歯の大切さを自覚できなかった子供の頃は虫歯が多く、よく歯医者で痛い目に遭わされた。東京に出て歯は毎日磨くようになったが、上手な磨き方を知らないまま時が過ぎた。

 本当に歯の大切さを知り、食後の度に歯磨きして、しかも磨き方に注意を払うようになったのは、東京を離れる前に通った歯医者の先生から指摘されてから。金沢に帰郷してからはその先生の言い付けを守っている。死ぬまで自分の歯で噛みたいからね。

 さて、歯医者の帰り、馴染みのBarに立ち寄り「歯」を話題にしたとき、知り合いの客から電動歯ブラシについて話を聞いた。私はそれをこれまで一度も使ったことなかったが、とても良いという。それで急に試してみたくなり、翌日電気量販店で探してみた。

 電気量販店にはいくつも並んでいたが、私が選んだのはフィリップス製の電動歯ブラシ。夕食後早速使ってみたが、初めてだからか正直うまく磨けなかった。しかし超速振動でブラシが歯と歯茎に当たる感触は、口内を隅々までキレイにしてくれそうでとても新鮮、おそらく慣れれば手放せなくなるだろう。

 生活周辺を見渡し、必要最低限の物はそれなりに揃えたつもりだが、じつは、まだまだ未知の領域が沢山あることが分かる。電動歯ブラシなんて自分には全く必要ないと思っていたのに、いざ使用してみるとなかなか良い感じがしたのはその一例だ。

 なぜこれまで気づかなかったのか。歯は手を使い歯ブラシで磨けば十分、電動歯ブラシなんて「無駄」、という先入観に囚われていたからだ。洗濯機をドラム式に変えた時にも、暖房器具にオイルレスヒーターを使った時にも、その新鮮さに驚いた。新しい物に触れてみるのは大切、それは若さを保つ秘訣にもなる。

旅行は楽しい

 広島と倉敷の旅期間中はとにかく歩いた。私は歩くのが好きだから目的地までかなり距離があろうと、周囲の景色を見ながらブラブラするのがとても楽しいと思っている。だから安易にバスやタクシー、電車は利用しない。

 しかし今回は歩き過ぎてかなり疲れた。いつまでも若者のような気持ちでいるわけにはいかないと実感。また、もし別の場所に出かける機会が得られたら、無理して歩き過ぎないよう上手に計画を立てたい。

 旅は楽しい。だが反面、日常のリズムを崩すことも確かで、僅か三泊四日の広島と倉敷だったが、帰ってしばらく以前の生活形態には戻れなかった。歩き疲れた足の筋肉痛は治ったが、一週間ほど身体全体を通してシャキとした感覚が戻らず、なんとなくダルく集中力にも欠けた。

 旅慣れしてないせいなんだろうと思う。普段と違ったことをいきなり実行すれば調子は狂う。急な変調は良くないことは分かっているが。

 とはいえ、旅はしないよりした方が断然良い。やはり旅行はいいな、とつくづく思った。知らない土地を巡るのは刺激になり活力を得られる。一年に一度、たとえ短期間でもいいからどこかへ出かけたい。

 来年、例えば福井と富山の近隣の旅なんかを思い描く。福井では恐竜博物館、富山では黒部の第四ダム、それらはまだ見たことがないから是非行ってみたい。メインは黒部で澄み切った晴れた夜に満天の星を眺めること。これって安上がりだし、なかなか良いアイデアかもしれない。

 まあとにかく、こうしていろいろ想像してる前段階がとても楽しいひと時ではある。地図と睨めっこしてるとアッという間に時間が過ぎる。でも肝心なことは実行すること。実際に足を運んで期待外れだったりすることもあるが、でも直に見て、聞いて、触れて、味わうことが何より大切なんだ。

広島と倉敷の旅

 先週の20日(月)、生まれて初めて広島の地を踏んだ。そして原爆ドーム平和記念公園、そして資料館を見学した。原爆ドームを目の当たりにし、やはり圧倒された。なぜなら、この「世界負の遺産」は単に遺跡として存在してるのではなく、この廃墟を通してこの世の地獄の情景をどうしても想像せざる得ないからだ。

 平和記念資料館ではたくさんの貴重な物品に目を通して胸打たれたが、ただ思い描いていたほど悲惨な資料が展示されていなかったのは残念。あまりに非人道的な原子爆弾での殺戮という所業で、実際にこの世に存在した地獄をもっと具体的に展示すべきではないか。写真と遺物と解説だけでは物足りず、残酷な情景をもっとリアルに演出すべきだ。

 以前は蝋人形など使い立体的な展示もあったと聞いたが、あまりに残酷で修学旅行生に影響が出るということから撤去されたらしい。でもこれって、マンガ「はだしのゲン」に残酷な描写があるから読ませない発想と同じ、間違ってると思う。

 翌21日(火)は広島市内の名所縮景園と隣接する県立美術館、さらに広島城を見学。縮景園は広島に来るまで知らなかった。この庭園は起伏に富み、石段の上り下りがかなりキツい。中央に池があり大きな鯉がたくさん泳いでいる。中に入って実感したがかなり広いし美しく、名園であるのは間違いない。県立美術館は立派だった。

 広島城は戦後復元され、中は展示室になっている。一番上の展望台から東西南北の広島市街地を眺めたが、さすがに広島は大都市なのだと実感する。戦後よくここまで復興したものだと頭が下がる。

 夕刻になり倉敷市へ移動。山陽本線で広島から倉敷まで直通で行けると思っていたら、糸崎という町で乗り換えなければならず2時間半もかかるとは予想外。できれば厳島神社(宮島)や尾道にも寄りたかったが、とてもそんな余裕はなかった。

 倉敷市の観光名所は何と言って美観地区と大原美術館。22日(水)起床後、ホテル内の朝食サービスを摂ってから見学に出かける。川の両岸に植林された柳の列と白壁の景観があまりに有名で、私はてっきりそれら以外大したことないのではと勝手に思い込んでいたが、いやいや想像は見事に外れ、その地区全体の雰囲気の良さに感動。川の両岸だけでなく、狭い路地裏が複雑に絡みあい迷路のようで、非常に趣があり、じつに素晴らしい。多くの観光客で賑わうのは当然だろう。

 大原美術館はその美観地区内に建ってこの名所に厚みを加えている。ただ美術館内は薄暗く、もっと豪華絢爛かと思ったが、まあ古い建造物なので仕方ない。有名な絵画作品と数多くの工芸品を堪能できたのは良かった。

 短い旅だったが、私は大いに満足した。旅行なんて時間とカネに余裕がなければ頻繁には出かけられない。とはいえ、一年に一度くらいは知らない土地に足を踏み入れ非日常を味わいたいものである。

 

 

初めての広島

 今週、明日の月曜(20日)から木曜(23日)にかけ、広島と倉敷に出かける予定。一番の目的は広島の平和公園とその周辺の施設見学で、原爆ドーム、資料館、その他の記念碑を巡る。

 広島へはまだ一度も行ったことがなく、そこへの訪問は私の長年の希望だった。生きてる間にどうしても出かけ、現地で手を合わせたかった。今になってようやく実現できるのは嬉しい。

 長崎へは高校の修学旅行で、沖縄へは会社の社員旅行で行った。広島や長崎や沖縄だけが悲惨な地では勿論ない。けれど、一瞬にして十数万の人の命が奪われた土地に、思いを馳せないわけにはいかない。ケジメを付ける。

 せっかく広島へ行くんだから、他の観光地も巡ろうか。例えば有名な世界遺産厳島神社(宮島)。ここは日本三景の一つでもあるが、ただ私は神社や寺院にあまり興味はなく、有名な場所へ出向いてもまずお参りなどしないから、実際に足を運ぶかどうかは気分次第。

 広島からの帰りは倉敷に寄る。私は美術が好きなので大原美術館を見学するつもりだ。昔から有名な絵画を揃えたこの美術館にはとても興味があり、じっくり時間をかけて見学したい。いや、その前に大林宣彦の映画で名を馳せた尾道で途中下車し、街中をブラブラ散歩するのもいいかも。

 旅の楽しみの一つは当地での食事だが、食べ物にこだわりのない私は普通の定食屋で十分。広島でも倉敷でも夜はのんびり寛ぎたいから、安価で雰囲気の良いジャズバーを探してみることにしよう。

みんな同じ地球人

 科学技術が進歩、コンピューターが開発され、今やインターネットが社会を隙間なく網羅し、A I が世界を席巻しようとしている。昔から物理的に丸い地球の大きさは変わらないが、しかし現在ほど意識的に地球が小さくなったことはなく、今後さらにそれが小さくなってゆくのは間違いない。

 益々狭くなるであろう世界を生きる一人ひとりの人間は、今や誰もが皆同じ地球人だと認識せざるを得ず、人種や民族や宗教や国家等それらを第一に考えてる場合じゃない。生き方や考え方がそれぞれ違うのは当たり前、だから互いを尊重しながら共存し、同じ地球人として生きよう。

 それぞれの人間は同じ地球人なんだから、この地球上では皆が、自由に、平等に、安全に、安心して生きられるはず。ところが、こんな誰が考えても当たり前で普通のことが、実際にはなかなか出来ないのはどうしてだろう。

 それは、いつの時代でも人間は無知の存在として誕生し、古い世代は消え、新しい世代が取って代わり、それを繰り返すから。人間は様々な知識を植え付けられながら徐々に成長してゆくが、他者から知識は教えられても、他者から知恵を伝授してもらうわけにはいかないのだ。

 なぜなら、知恵は自ら見つけ出すしかなく、それが努力であり研鑽と言う。知識のみに囚われ知恵の探究を怠るから、人間は戦争や破壊や差別等の誤りをいつまでも繰り返す。残念ながらそれがこれまでの人間の歴史だった。

 時代はいつも転換期。私たちが生きている今現在も紛れもない転換期だ。コンピュータが高度化、インターネットやA I が発達する現在、地球が益々小さくなった今現在こそ歴史上最大の転換期を迎えているのかもしれない。

 そして、物理的な表層的な転換だけでなく、内面的な転換こそが求められ、誤りを繰り返さない為の真の転換がなにより必要となる。軍備拡大から縮小、争いから平和、憎悪から親愛、差別から平等、束縛から自由…そんな当然の転換は地球人を自覚するならきっとできる。

一番の健康法

 毎日の生活で最も気をつけねばならないのが健康。体調を悪くすると、気力が失せ、作業は全然捗らない。健康でいられること、ただそれだけで幸福感を得られる。書籍やネットでは健康に関する情報が溢れて、どれもが正論のように読めるし聞こえるが、とはいえ何でも鵜呑みにするのは禁物。

 体質や年齢が皆それぞれ違うから、例え正論であろうと一律に解釈しない方がいい。特に重要なのは年齢で、若い世代の健康法と年寄りのそれとは違うはず。飲食物から摂取する栄養素や、筋肉や骨を鍛える運動の仕方など、良くなるはずと他人の真似をすると逆効果にもなりかねず、自分に合った健康法を見つけるのが肝心。でも、これ意外と難しい。

 誰もが毎日を元気に生きたいと思うから、そこで自分の健康を維持するため、病院で身体の状態を診てもらったり、薬やサプリを飲んだりする。でも、普段身体に異常のない人が健康診断を受け、医者からちょっと弱ってる箇所があると指摘されたら、どんな人もその箇所が気になるだろう。

 そこで念の為、その弱ってる箇所を改善しようと、勧められた薬を飲んだり、特別な食事や運動に取り組み、これまでの習慣を変えたとする。実は、そんなことすれば、これまで何でもない箇所が却って悪化する可能性があり、だからなるべく診断を受けず、薬やサプリを飲まない。これは重要な健康の秘訣ではないだろうか。

 ところで健康増進には旅がいい。旅の醍醐味は未知の場所に出かけ、見て、聞いて、触れて、新たな体験をすること。つまり「知らないことを知る」喜びがそこにあり気分転換に最適。ただし、実際の旅に出るにはお金も時間もかかり、誰もが簡単に実行できるわけじゃない。お金や時間より、むしろ勇気が必要かもしれない。

 じつは、お金も時間も掛けず、勇気がなくてもできる気軽な旅はいくらでもできる。「知らないことを知る」のが旅の基本なら、何と言っても読書が最適、映画や演劇、美術や音楽を鑑賞するのもいい。それらを通じて想像力が豊かになれるとしたら最高。そうした心を充実させることこそが一番の健康法だと私は思うね。

時間と空間に金を払う

 繁華街を歩けば多くの飲食店が建ち並び、それらの多くに券売機やテレビが設置されているのを見るが、正直そんな店には入りたくない。券売機やテレビは味気なくじつに没個性的で、場の雰囲気を壊す典型的な代物だ。特に、それらを設置していけない場所はBarである。

 人が自分の家でなくわざわざ外で飲食するのは、たまには日常から離れ、非日常を体験したいから。券売機には感情がなくいかにも冷たいし、テレビはもうほとんど日常そのものではないか。

 私はテレビが嫌いで約1年前に処分したが、くだらないテレビ番組の影響を受けなくなり心身とも健康である。気分転換に外で飲食しようと出かけて、もし入った店にテレビが点いていたら、そのせいで以前の自分の家に逆戻りしたような気分にさせられる。

 ラーメン店や居酒屋など飲食する場所は多いが、その中で最も非日常を味わえるのはBarだろう。ビールやワインやウイスキーが一杯1000円近くもする場所へなぜ出向くのか。酒を飲みたければ家で好きなだけ飲めば全然安上がりだが、そうせずにBarに行くのは異次元の世界に短時間でも浸りたいから。

 Barとは自宅や会社とは違う別世界なのだ。日常とは違う時空で寛ぎたいからこそ高い値段を払ってまで足を運ぶ。もし入口にビールやウイスキーやカクテルの食券を購入せねばならないとしたら、もう誰もBarなんかに行かないし、せっかく入ったのにテレビが点いていたら本当に白ける。

 近年の物価高と外国人観光客の増加からBarの様相も変わりつつある。いくら雰囲気の良い店でも、2~3杯飲んで、ちょっとおつまみ食べて、それで4000円以上徴収されるとしたらとても頻繁に足を運べない。さらに、周りが外国人だらけで話が通じず、かつての馴染み客が見かけなくなってきた。