IT機器に翻弄されて

 少しずつ身の回りを整理して一段落したはいいが、ホッとする間も無く、またいろいろ細々としたトラブルに見舞われる。特に、いつも使ってるコンピューターでは定期的に問題が発生し、大抵は再起動すれば直るけど、付属品の故障はなかなか厄介である。

 iPadでいつも使用してるアップルペンシルの調子が突然悪くなった。本体とまったく対応しなくなり、書き込みどころかパッテリーの充電もできない。慣れ親しんだ物が急に使えなくなると大変困る。これは一本が一万円以上する品だから買い替えには躊躇せざるを得ない。

 乱暴に取り扱ったりしてないので、そんな簡単に故障するとは思えず、時間を置けばまた復活するかもしれない。しかし以前、iMacのマジックマウスが突然動かなくなり、それはそのまま沈没したまま、今回のペンシルもその可能性は十分。

 それにしてもつくづく思う。よほどのプロでない限り、コンピューター本体やその付属品を使いこなせてる人は少ないだろう。日々、私のようにコンピューターに弄ばれてるだけの人が大半じゃないかな。

 私はコンピューターは好きだし面白いと思うが、素晴らしい物のように信じ込まされ、毎年のようにスマホタブレットなど次々と新品を買い替えさせられ踊らされている人は多いだろう。一歩引いて、コンピューターとの関係を冷静に見つめ直した方がいいかもしれない。

 今現在、私は貧乏人だから新品のIT機器を次々と購入できる余裕などないが、その昔、会社員時代に各メーカーが販売する新型ワープロを半年ごとに買い替えていたことを思い出す。欲求が抑えられないのは一種の病気である。 

 机の上にはコンピューターと一緒に、紙が開いて、鉛筆やボールペンが転がってる。コンピューターなんか使えなくても衣・食・住に直接影響は及ばないが、今この瞬間、周囲から紙や鉛筆やボールペンが消えて無くなったらさぞかし困るだろうなぁ。

大相撲と安倍政権

 大相撲九州場所は終了したが、大きな問題が噴出した場所だったような気がする。中継はほとんど見ていない、とはいえ情報はいろいろ入ってくる。取り組みが始まってから故障者が続発、横綱大関を始め7人もの幕内力士が休場という有様で、特に大関陣の不甲斐なさは目を覆いたくなるほど。

 力士の休場は怪我のせいで、その原因はいろいろあるが、一番は力士の太り過ぎだと思う。平均体重が160kg超えとはまさに異常。200kg前後の力士が何人もいて土俵が潰れないかと心配になる。100kg以下の炎鵬は小兵と呼ばれても仕方ないが、110~130kg台の力士までが小兵呼ばわりされるのはおかしく、照強や石浦松鳳山のような力士こそが平均になるべきだ。

 横綱白鵬は頑張ってるが、さすがにかつての勢いはなく、引退は時間の問題だろう。今場所は優勝したが、勝つために手段を選ばないプロレス紛いの肘打ちなど大横綱としてすべきではない。近い将来、横綱大関も不在という前代未聞の場所を迎える可能性は高い。

 ところで、安倍晋三氏は先週首相として歴代最長の記録を塗り替えた。こんな駄々っ子みたいな幼児から成長を止めた人物が、なんと七年以上日本の総理大臣を勤めたというのだから、日本という国の、そして日本国民の程度の低さが知れるというもの。

 しかし表向きは強気の安倍首相だが、内心は焦ってイライラし、さらにかなりの疲れが溜まっているらしい。側近には弱音を口にすることが多くなったとも聞くので、ひょっとして、もしものことが近々起きるかもしれない。

 安倍氏本人の体力は以前からそれほど強くなく、だから相当疲れているはず。彼の政策は何をやらかしてもほとんど失敗し、本人も含め周囲は不祥事だらけなのだから、これ以上の在職は自分の経歴に恥を上塗りするだけとなる。首相として在職期間の記録更新を記念に、即退陣すべきだ。

 大相撲と安倍政権は保守的で右翼的だから同じ範疇に入るかもしれないが、両者を無理やりこじつけたくない。しかし行く末が案じられるという意味で私の気持ちが重なってしまったわけである。

映画に寄せて

 私は月1000円ほどで映画見放題のhuluに加入してるが、実のところ全然それを有効活用できていない。次々と新作を提供してくれるのはいいが、昔の外国や日本の名作を観たくてもそれらのコンテンツが乏しいのが残念だ(少しずつ増えてると思うけど)。そこで、店先でつい安価なDVDを手にして余計な出費をすることが度々ある。

 月二回程度しか利用しないとしたらhuluはかえって損かもしれず、他の方式に切り替え一本300円の作品をレンタルした方が安くつく。もちろん毎日のように利用すれば話は別だが、とはいえ映画はやはり劇場で鑑賞したいという気持ちは相変わらず強い。

 ところで、金沢市中心部の香林坊東急スクエアビルの4階にミニシアター「シネモンド」がある。内外の良質な作品を常に上映してくれるし、歩いて通えるから私にはとても便利でありがたい存在だ。少なくとも月二回はシネモンドで映画鑑賞できたらいいなと思う。

 そのシネモンドが入る東急スクエアビルの裏通りを歩くと、余程目配せしないと気付かないが「シネマストリート」と刻まれた細長いコンクリートの柱が離れ離れになって二本立っている。辺りは広い駐車場があるばかりで、おそらく初めて来た観光客など、なぜ?と思うに違いない。

 じつはこの一帯、昔はかつての東京新宿歌舞伎町のように映画館がズラリと並ぶ映画館通りだった。そこからシネマストリートの名が付き、劇場が無くなってもその名を残すことにしたわけだ。私の若い頃はこの周辺にしょっちゅう足を運び、特に「パリー菊水」という名の洋画専門館がお気に入りで週末は朝から晩まで入り浸っていた。

 東京に出てからは運良く池袋周辺で暮らすことができたので池袋駅東口の近くに構えていた名画座文芸坐が私のホームシアターとなった。洋邦画問わずたくさんの作品を鑑賞できたことは嬉しく、文芸坐には本当に感謝している。

 それにしても最近のコンピューターグラフィックスを多用した映画には辟易する。ついこの間も「トータルリコール2012」をhuluで観たが、何が本物でどれが偽物か分からないという今日的な重要なテーマは脇に押しやられ、最初から最後まで飛んだり跳ねたり、ドンパチとカーチェイスの連続、単なるアクションを見せるだけの代物に成り下がり、本末転倒も甚だしく、全くつまらなかった。

我が身第一主義

 世界の動向が非常に不穏で先行き不透明、政治も経済もかなり危うく、第三次世界大戦の気配さえ漂う。その一番の原因を一言で表すなら「分断」。世界中で異文化交流の大切な橋が次々と崩落し、そして新たに醜い壁が作られ始めている。

 近い将来、一触即発で世界が破滅的な状況に陥いることも十分予想され、現在なんとか慎ましく毎日の生活を送り平穏無事を願っている庶民も、予期せぬ事故、事件、災害だけでなく、失政からあっという間に難民として放り出されてしまうかもしれない。

 それにしても米国のトランプ大統領は現在を象徴する典型的な人物である。彼のような我儘な人物が登場したのは決して偶然ではなく必然だった。人の心には他人の不幸を見て我が身の幸せを思う気持ちが巣食うし、また実際、周りの束縛されている人々のお陰で我が身の自由を謳歌してもいる。

 米国第一主義とはすなわち我が身第一主義であり、自分の幸せや自由のためには他者が犠牲になっても構わないという考えだ。トランプの米国にとって、日本や韓国や中国など本当は重要ではない。米国が良くなるためにアジアの国々を利用したいだけだ。

 北朝鮮朝鮮民主主義人民共和国)と融和路線を進めようとするのも、米国へミサイルを飛ばすことがないよう脅威を取り払うため。北朝鮮が日本や韓国にミサイルを飛ばすことなど自分には関係ないと思っているかも。アジアの近隣諸国で紛争でも起きれば両者に米国の兵器を売ることができるからむしろ好都合。敵とか味方とか関係なく、米国が儲かり得すればいいだけのようにさえ見える。

 本当は他人が幸せにならなければ自分も幸せにはなれないし、本当は他人が自由にならなければ自分も自由にはなれないはず。こんなの当たり前のはずだが、残念ながら世の中の風潮は真逆に向いて突き進む。つくづく、未来への責任について現在の私たちは試されているのだと思う。

 私たちがトランプ的な人物を産み出したことを自覚しなければ。我が身第一主義が目立つのは、多くの人々の心の奥底に巣食っていた気持ちが噴出したせいで、ある意味正直なのかもしれない。だが、この偏狭な正直さこそが世界を破滅させる要因になる。

机の上から見えるもの

 朝の気温も10℃を下回るようになり、だんだん布団から出るのが辛くなる。いよいよ秋は深まり、高山からは初雪の便りも届くし、そして各観光地は紅葉の話題で賑わうことだろう。金沢の兼六園も雪吊りの作業が始まり、冬支度である。

 最近、あれやこれやと慌ただしい。連日あちこち歩き回り諸用を済ませ、その後は銭湯で身体を癒すのが日課。自宅に風呂はあるが、広い銭湯はやはりリラックスできる。金沢市内から銭湯は随分少なくなってしまったが、運良く、私の家から歩いて7~8分のところに銭湯があるので助かる。

 身の回りの細々とした物事を少しずつ整理してきたお陰でようやく落ち着きつつあるが、そこでつくづく思い到ることがある。モノに関しては、本当に必要なものだけを揃え、それ以外は早めに処分すべきということ。大切に保管したつもりでもゴミになるのがほとんどだ。

 日常生活で、新聞やチラシはある程度溜まった時点で処分しやすいが、定期的に必ず送付される実生活に直説係わる金銭や手続きの通知や書類はいつの間にか溜まり、そのまま放置しておくと何が何だか分からなくなる。面倒だが度々見直し、気付きやすいよう分類しておくことが肝心だ。

 職場でも家でも机やテーブルの上を見ればだいたい分かる。その机やテーブルの持ち主が日々どんな生活をしているか。それらの上に物が散らばってるか、それともきちんと整理整頓されているか。封筒や書類が山積みされていたり、食器や調味料がそのままなら要注意。かと言って、あまりにキレイで何も置かれてないと逆にちょっと気になるけど。

 当たり前だが、机やテーブルの上はキレイに整理されてる方が気持ちいい。私はキレイ好きなので、それらの上にゴチャゴチャ物を置くのは嫌いだ。しかし、昔はそうでなく、かなりズボラだったことを思い出す。会社員時代の私は整理整頓が下手で、だから仕事もあまり出来ず失敗ばかりしていた。

 脱サラしBarを経営してから変わったのは間違いなく、自分の店を持ち、その日のうちに洗い物を済ませ掃除するクセが付いたのは大きかった。現在の住居をキレイな状態でいつまでも維持したい。どうしても少しずつ物は増えてしまうが、ともかく机やテーブルの上にはなるべく物を置かないようにしたい。

台風月の最中に

 台風がもたらした強風と大雨のせいで、9月下旬から10月下旬にかけての約一ヶ月、爽やかな秋というイメージからは程遠かった。強風の15号、大雨の19号、そしてまたまた大雨の21号。

 21号は日本からかなり離れた太平洋沖を通過したにもかかわらず、海面温度上昇による気候変動で大量の雨が関東から東北にかけて降りつづけた。千葉県などは台風で三連続大きな被害に遭遇し、「気の毒に」という言葉をかけることすら失礼にあたるのではないかと思うほどで、本当に痛ましい。

 もうとっくに、災害は忘れないうちにやって来る時代を迎えたのだ。来年は15号と19号を足したような超巨大台風が日本を襲うかもしれず、地震や猛暑などと合わせて一人ひとりが生き延びる術を真剣に考えなければならない。

 台風月の最中だったせいか、私は全然気付かなかったが、10月22日(火)は新天皇の「即位礼正殿の儀」で休日だったらしい。

 ところで日本国民のなんと80%近くもの人が天皇制を支持してるらしいが、制度としての天皇制が今すぐ無くなっても何ら日本社会は変わらないと思う。なぜなら大勢の人々の心には「内なる天皇制」を抱えているからだ。

 一番の問題は人々に巣食うこの内なる天皇制であり、だから制度としての天皇制を廃止しても無意味との意見もあるだろうけど、私は決してそうは思わない。まずは制度から見直すことから始めなければ。女性が天皇になってもいいし、選挙で天皇を選んでもいい、やがて国民の総意で天皇制を無くすことができるなら、それがベスト。

 それにしても皇室に関する費用の使い道は本当にこれでいいのか。同様に防衛予算もあまりに莫大で見直すべき。欠陥だらけで役立たずの高額な武器を米国から購入するくらいなら、防災にもっと国家予算を回し、今すぐ、防衛省を防災省に、自衛隊を軍隊的要素の強い現状から人命を尊重する災害救助隊へと転換してほしい。

棄権はしたくない

 今現在、埼玉県で参院埼玉選挙区補欠選挙選が展開中で、投票日は今月の27日(日)に予定されている(もうすぐ)。主な立候補者は前同県知事の上田清司氏とN国党首の立花孝志氏の二人。

 立花氏はなんと参議院議員選挙比例区で当選したばかりなのに、議員を自動失職してまで新たに立候補した。上田氏はかつて衆議院議員だったが埼玉県知事へと転身、同知事を四期務め任期満了後、今度は参議院議員を目指している。

 無党派層からの支持を得て知事の椅子を狙っているのが立花氏で、上田氏には立憲民主党や国民民主党が応援している。共産党などは自主投票。自民党は独自候補を見送ったが、実質的には上田氏を支援していると見られる。

 私はこれまで選挙で棄権したことはないが、もし私が埼玉県民だとしたら、正直今回ばかりは棄権したくなる。なぜなら上田も立花も私から見るとまったくダメだからだ。よりマシな候補を選ぶのが選挙とはいえ、この両者、どちらを選んでもさらにダメになりそうだ。

 冷静に見れば上田の方が立花より人間的な意味でマシなように見えるが、自民党と同様に改憲を目指すような人物に投票するわけにはいかない。一方、立花の言動は支離滅裂、この人大丈夫か?と思わざるを得ず、単なる目立つためのパフォーマンスだけだとしても全く信用ならない。

 両者ともダメ。しかし、それでも私は棄権せず、とにかく投票行動はするだろう。上田と立花の両者の名は書かず、全く別人の名を書くかもしれない。あるいは不平不満のメッセージを書き連ねるかもしれない。無効票になることは分かっていても、抗議の意思を示すため投票だけはする。