孤独になろう

 著名人の「孤独」に関するいくつもの書物が評判で(私は読んだことはないが)、特に最近は高齢者の生き方を問う意味でも孤独という言葉が注目されている。孤独のイメージは相変わらず、「さみしい」とか「ひとりぼっち」のようにマイナスの要素が強い。けれど、孤独はむしろプラスに捉えられるべきと思う。

 私は孤独が好きだ。大勢よりひとりのほうが断然楽しい。孤独は決してさみしくもひとりぼっちでもなく、それは互いの個性を尊重し、互いの存在を認め合う、人間同士が対等に向き合うことを基本としている。だから自分の孤独を自覚することはとても重要だ。

 時間の経過と共に残りの人生は少なくなるが、一方で、まだまだやりたい事が一杯ある。であればこそ、シンプルな生活スタイルを貫き人生を最期まで歩む。すなわち、孤独に浸ることで有意義な人生が送れるいうもの。

 孤独に徹することができるなら、人は一生退屈することはないはずだ。眼前には無限の世界が広がっている…しかし人生はあまりに短い。

 ところで、年を重ねるほど、経験を積んだという思い込みから、人はついエラそうに訓戒じみた事を喋りたがるが、実は年齢を重ねることなど少しも自慢にはならない。唯一、自慢の対象になるのは、謙虚になれるかどうか。

 年を取るにつれ、もしその人が自分が赤ん坊であることを自覚できるなら、その自覚のみがその人の自慢の種になる。しかし実際、赤ん坊は自ら決して自慢などしない。肉体が皺だらけになる一方で精神が赤ん坊になれるなら、これぞ真の人生。しかし、ほとんどの人は老いと共に精神も皺だらけになってしまう。

 赤ん坊になるのは現実的に無理としても、しかしアホで間抜けで、いつも恥を晒してる、そんな年寄りに私はなりたいものだ。孤独には孤高のイメージも付き纏うが、そんなカッコイイものじゃなく、むしろ孤独はひたすら日々の生活で地べたを這い回る弱い存在…だってそれが人間だから。