基礎と応用

 ノーベル賞の季節、加熱するメディアの報道合戦。先週の3日(月)医学生理学賞で日本人が受賞したことでまたまたお祭り騒ぎとなった。オリンピックやノーベル賞で騒ぎ過ぎの風潮には本当にウンザリする。

 ところでノーベル賞は過去の実績により与えられるが、科学分野におけるそのほとんどは基礎研究によるもの。最近の受賞者では、つまり1970年代〜90年代、ほぼその時代の研究成果が評価されたことになる。

 日本ではバブル崩壊以前、資金が基礎研究にもかなり回っていたが、しかしそれの崩壊後は余裕がなくなった。安倍政権になってからは目先の金儲けに突き進み、応用分野ばかりに力を入れ、基礎研究は敬遠されている。

 つまり、もうしばらくすればおそらく日本人からノーベル賞受賞者は全く出てこなくなる可能性が大である。基礎を忘れた応用ばかりの社会はとても脆弱な社会になる恐れがある。

 ノーベル賞など欧米中心主義の産物。そんな賞を取ったとか取らないとか、実際にはどうでもいいことだ。

 繰り返すが、社会を安定させつつ進展させるためには、なにより基礎を固め、揺るぎない土台の上に各種応用を構築することが肝心だということ。基礎を疎かにして直近の金儲けと外見ばかり気にしていては全くダメ、そんな社会構造は危なっかしく安心・安全から益々遠のく。

 あらゆる分野で基礎が大切であることは説明するまでもない。基礎がしっかりした社会なら、であればこそ何度でもやり直しは可能だろう。一方、見た目が派手な応用ばかりに力を入れる典型は軍事拡張で、それは戦争と破滅への道、やがてとり返しがつかなくなる。