眠れない夜のひととき

 年明け正月三が日は雪が降りつづき、夜のあまりの静けさに寝付きが悪かったのだが、正月が過ぎて雪は止み日常が戻ったのに眠れない日々がつづく。

 まったく眠れないわけではなく、目を閉じていろんな妄想に耽っているうちいつの間にか眠りに入り、結果として7時間前後布団の中に入っているのだが…。だから傍から見るなら「けっこう寝てるじゃないか」と思われるかもしれない。しかし、私自身熟睡したという満足感がまるでない。

 昔から朝がまるで弱く典型的な夜型人間の私だった。寝つきが悪いので普段の生活の中でそれの不満が蓄積されてゆく。

 なぜ眠れないのか。原因のひとつが眠る直前までパソコンを眺めているからだと思う。モニターの画面を見つめることは目が冴えてくるだけでなく、長時間見つめていると目の健康に悪いことも随分前から指摘されている。パソコンの電源を早めに切り、就寝前に情報収集したければなるべく紙媒体から得るようにした方がいいだろう。その転換をしなければ睡眠状況は改善しないかもしれない。

 目標なんてほとんど立てない私。だが、あえて今年の目標を立てるなら、まずは早起きして午前中を活用、夜はリラックスしながら新聞や書籍の紙媒体に接すること。そうして良い意味で目を疲れさせ、早めに眠気を誘い、日付が変わる前には就寝する。

 眠れない夜のひととき、いろんなことに想いを馳せるが、海の向こうでは「神と人間」「信仰と自由」の問題が複雑に絡み合って混乱している。瞬時にして情報が飛び交う現代では地球の表側も裏側も関係なく、たとえ遠い海の向こうであろうと、どんな事件も自分たちのすぐ側の問題になりうる…。

 …神のために人間が犠牲になってはいけない。人間が犠牲にされることを神は最も嫌う。神がなにより望むのは、人間の隷従からの解放と、人間の自由への歩み。神は天上から人間を支配したりはしない。まったく逆に、底辺から人間を支え、人々に対しては常に平等な存在こそが神なのだ…ウトウト…。