現在の「東京物語」は?

 小津安二郎の「東京物語(1953年/松竹大船作品)」は国内だけでなく海外(特にヨーロッパ)でも非常に評価が高い日本映画の一本。その昔、私は池袋の名画座で鑑賞し、作品が醸し出す独特の雰囲気に堪能したことを覚えている。

 東京で暮らす子供たちを尾道から久しぶりに訪ねてきた平山周吉(笠智衆)と平山とみ(東山千栄子)を、実子の長男や長女は忙しいからと面倒を見たがらないのに、戦死した次男の妻(原節子)が仕事を休んでまで優しく接してくれる。そんな義理の親子の結びつきが作品の核となる。主演の原節子笠智衆のみならず、脇を固める名優たちの演技が素晴らしかった。

 普通、年取った両親の世話をするのは長男や長女を中心とした血縁ある実子だが、「東京物語」では直接血の繋がりのない、しかも未亡人でひとりになってしまった女性が義理の両親の面倒を見る。未亡人になった紀子を演じた原節子の献身的な姿勢に、そして面倒を見てくれたことに心から感謝する義父を演じた笠智衆に、多くの観客は感動した。

 ところで、1950年頃日本人の平均寿命はおよそ男性が58歳で女性が62歳、それが2014年現在では男性が80歳で女性は87歳。約60年を経て平均寿命はじつに20年以上も伸びた。

 さて、この「東京物語」を現在の視点で捉えるとどうなるか。「東京物語」における笠智衆東山千栄子の役年齢は70歳と67歳で、確かに当時では超高齢者にあたるが、しかしその年代は現在では平均寿命よりはるかに下の若い世代となる。

 「東京物語」に登場した笠智衆東山千栄子も人当たりのいいとても穏やかな老人だ。今現在、90歳前後の老人の多くは物忘れが激しく認知症を患っている。さらに性格の良い穏やかな老人ばかりでなく、むしろ気短でワガママで駄々子のような老人が目立つ。もしあの時の原節子が蘇り、2010年代の認知症を患う超高齢者と接したら、どんな姿勢や態度で臨むだろう。昔のように優しく振る舞えるかどうか、私には興味津々である。

 山田洋次が「東京物語」のリメイク「東京家族」を撮った(2013年公開)が、老人を演じた橋爪功吉行和子は72歳と68歳の設定で、現在の平均寿命よりはるかに下なのは大いに疑問。それにしても、同じ題材を今村昌平増村保造が描けば、リアリズムの要素が全く違う別作品になるだろう。だが、今村も増村も残念ながら既に亡き人である。