テレビを消すと清々しい

 昔からテレビはあまり見なかったが、さらに最近はほとんどまったく見なくなった。

 テレビ番組の画像と音量が消えて、家の中はシーンとしている。この落ち着いた雰囲気、染み透るような静寂がとてもいい。テレビを点けていると、外界の喧騒が家の中にまで充満するようでイヤだったが、テレビが消えると、大げさかもしれないが世間から取り残され忘れ去られたような感じになる。

 この、世間から取り残され忘れ去られたような感じ、それに浸るときこそが自分を取り戻せるひとときである。玄関や窓の外でどんな大事件や大事故が起きようと、時間が止まったように何事も起きない静かな家の中は、だれも知らない自分だけの世界。

 テレビが面白くないのは、一方的に垂れ流される情報に私たちが受け身でしかいられないことだ。テレビではせいぜいチャンネルを変えるくらいしか私たちに選択枝がない。対して、パソコンなどのIT機器では情報を受け止めるだけでなく、ソーシャルネットサービルやブログなどで自ら情報を発信できるという有意義な時間帯を確保できる。

 とはいえ、パソコンやタブレットスマホなどのIT機器は自ら情報を発信できるから素晴らしい、と諸手を挙げて賞賛するつもりもない。これまた、なりすましや中毒性など問題だらけだ。

 例えば、何十万というアプリケーションがインターネット上で飛び交うが、私たちはそれらに振り回されていないだろうか。ほとんどのアプリはダウンロードするだけで終わりじゃないか。自分にとって本当に必要なアイテムは限られるはずである。私たちはIT機器類を上手に使いこなしているだろうか。 逆に、IT機器類に自分たちが翻弄されているのでは…。

 テレビだけじゃなく、パソコンやタブレットスマホも一時、遮断してみてはどうだろう。世間から取り残され忘れ去られそうな感覚は、じつはとても大切なのかもしれない。時代遅れはイヤだからと、最先端を走りたくなる気持ちは分からなくはないが、私を含めほとんどの人はただ右往左往して踊らされているだけという気がする。