今、一番したいこと

 変化の少ない平凡な日々を送っていると、ただ時間だけが足早に過ぎ去ってゆく。こんな私に、もしだれかが「今、一番したいことは何か?」と問うなら、「旅行」と私は答えるだろう。一週間は贅沢かもしれないが、せめて二泊三日、いや一泊二日でもいいから、どこか見知らぬ土地にでも出かけてみたい。

 そんなに旅行したいなら、さっさと出かければいいじゃないか、なにを迷っている、と怒られそうだが、今の私には無理である。一緒に暮らす高齢の母親が、いつ、どうなるか分からず、短期間でも放置するわけにはいかないからだ。

 つまり、今の私にとって「旅行」は決してできない行動なのだ。決してできないからこそ、「したい」という強い願望となる。もし、私に時間とカネの余裕があれば「旅行をしたい」とは思わないかもしれない。どうも凡人は、いつでもできる環境に置かれると、逆に行動しなくなる。

 恋愛をしたいのにできない人は、恋愛に夢を見る。結婚をしたいのにできない人は、結婚に憧れる。互いに惹かれあうのになかなか一緒になれない男女は、ますます強く互いを求め合う。

 大なり小なり、だれでも目の前には壁があるに違いない。どんな壁かは人それぞれだろうが、少なくとも壁があるからこそ欲求が高まるのであり、もし壁がいっさい無かったら人は同じところでじっとしたまま退化しかねない。

 だが、本当は壁など無い方がいい。いつでもできる余裕が人間には必要なのだ。そして、いつでもできるときにこそ、すぐに行動すべきである。「やる、やる」と言いながら、なにもしない口先だけの人間をずいぶん見てきた(私も含めて)。そんな人間は、どうやら自分に都合のいい壁を勝手に作ってしまう。

 壁には、外側の物理的なものと、内側の精神的なものがある。物理的な壁は工夫次第でなんとかなるが、厄介なのは精神的な壁のほうだ。自ら内面に築いた壁は容易に崩れない。

 善し悪しの判断は別問題。もし「今、一番したいこと」があるなら、法に抵触しないかぎり?(違法覚悟で)、一歩でも二歩でも、まずは踏み出すしかない。いつまでもためらっていると、いつの間にか内側に壁を作り、後で悔やむことになる。