人に迷惑をかけるな?

 大概の人は、小、中、高と学生時代を過ごすわけだが、どれほどの人があの頃は良かったと思い出すことができるだろうか。若き日の学生時代を有意義に過ごせた人は幸福者である。残念だが私には良き思い出がほとんどない。その一番の理由として先生に恵まれなかったことが挙げられる。

 こんなことを書くと、当時それなりに一生懸命教えてくれた先生方に失礼で、グタグタと自堕落な学校生活を送った自分にこそ第一の責任があるわけだが、それにしてもやはり、多感で不安定な青春時代を送る生徒に、どうしてもう少しマシな言葉をかけてくれなかったのか、と恨みのひとつも言いたくなるのである。

 学校生活全体を通して、私は先生方から常に「人に迷惑をかけるな」という教えを受けつづけた。担任を始め、どの教科の先生も、直接的にも間接的にも、「親や目上の人の言うことをよく聞け」「真面目に生きよ」「決して悪いことをするな」…ようするに「人に迷惑をかけるな」という意味を散々吹聴されてきたような気がするのである。

 「人に迷惑をかけるな」とはあたり前である。この教えはちっとも間違っていない。けれど何かが決定的に欠けている。要するにこれは、子供は大人の言いなりになれ、生徒は先生に従順になれ、部下は上司に逆らうな、庶民は国家権力に楯突くな…ということなのだ。これほど一方的で生産性も創造性もない教えがあるだろうか。もしこれだけで社会が支配されるなら、そんな社会はすぐに廃れる。

 「自分のやりたいことをやれ」「いろんなことに興味を示し、個性を発揮しろ」このような前向きな助言を私の耳が聞くことはついになかった。まったくと言っていいほど、それはなかったのだ。

 「人に迷惑をかけるな」という教えの「人」とは、あくまでも自分と同等か、自分よりも恵まれない弱い立場の人たちを対象にすべきで、自分を操ろうとしたり、力を誇示し威張っている人たちへは逆に「迷惑をかけてもいい」くらいなのだ。当時の、いや今現在でも、どれほどの先生方が社会構造の本質を理解していた、またはいるだろうか。

 学校の先生方にお願いする。生徒には、特に教室の片隅でおとなしくして目立たない生徒には、「自分の好きなことをしていいんだ」と助言を与え、萎縮しないよう励ましていただきたい。