権威を疑う

 北九州で暮らす71歳の女性が架空の請求で全財産一億一千万円をだまし取られた事件が新聞やネットで報道された。いわゆる振り込め詐欺だが、個人による一億一千万という被害金額は振り込め詐欺史上最高額だという。

 お年寄りから全財産をだまし取るとはとんでもない犯罪だが、それにしても一億円以上の金額におどろく。よくもそんなに多く財産を蓄えたものだと感心する。こういう詐欺事件を知らされると、犯人はもちろん許せないが、一方でだまし取られた側にも首を傾げざるを得ない。

 被害を受けた71歳の女性には気の毒だが、この人は心が優しいだけでなく権威に対して本当に弱いのだなと思う。弁護士や金融庁の職員と名乗られただけで信用して言いなりとなり、まんまと全財産を奪われたのだから。

 このだまされた女性は特別ではなく、じつは日本のお年寄りの、いや一般人の標準なのだと思う。昔から現在まで、日本の文化・教育の底に流れるのは「人に迷惑をかけるな」という方針である。家族や親戚や近所の身の回りの人たちに対してだけでなく、ともかく偉い人にたいして「迷惑をかけてはいけない」という精神構造に染められている。

 お上に弱い精神構造の日本社会は詐欺集団にとってこんなにおいしいところはない。昨年の振り込め詐欺の被害総額は五00億円超、過去最高だった。警察がいくら注意勧告しても今後益々増加する恐れがある。

 「人に迷惑をかけるな」だけでなく、「自分の好きなことをしていい」「思い切った人生を歩め」これらの教えも社会に浸透させない限り、日本社会は老若男女お上に言いなりのおとなしい右向け右の人生しか送れない人々が増加するばかりだ。

 私自身も親や学校の先生から「人に迷惑をかけるな」とばかり言われつづけて育った。「好きな道を歩め」と後押しされたことなど一度もなかった。幸い私は出来が悪くひねくれていたので権威を疑う姿勢は多少育むことができたが…。

 とはいえ私もどうなるかわからない。今後認知症を患いまんまと詐欺に遭うかもしれない。ただ、多額の財産を蓄える可能性はほとんどないが。