報道に騙されたくない

 なんだかなぁ、毎日を生きる中、いつの間にか違う方向へ持っていかれる気がするよ。ほんのちょっとよそ見してる間に、白だと思ってた世界が黒になってる。そういえば灰色っぽいなと思ったら短期間で白が黒に変色してる。白と黒とでは真逆なんだけどねぇ。

 こんなことを思うのは、最近の報道のあり方がまさにそんな風だからなんだ。いや、昔から報道なんてものは意図的に大衆を操るように出来てるらしく、今さら嘆いてみても仕方ないが……。

 ガレキ処理をめぐる報道を見てると、「受け入れたい」とか、「受け入れるな」とか、行政側と地域住民側とで揉めてる。けど、そもそもの原因は「放射性物質」にあるわけだろう? 放射性物質についてこそ問わなければいけないはずなんだが、いつの間にかガレキが全面に出て主役の座を占めてしまった。繰り返すけど、この問題の主役は「放射性物質」で、ガレキはあくまで脇役なんだ。

 あの大震災で原発事故さえなかったら、放射能まみれのガレキはなかったはずで、単なるガレキだけなら全国の自治体住民は東北復興のため善意から積極的に受け入れ表明をしたと思うよ。だけど放射能まみれのガレキだったとしたら、やっぱり「ハイ、わかりました」と素直になれるわけがない。放射能放射性物質)は閉じ込めるべきもので拡散させてはいけないものだからね。

 だから「ガレキは受け入れたいけど、放射能は受け入れられません」が各自治体住民の本当の気持ちなんだ。それなのに住民側がどんなガレキでもダメ、みたいな流れにされつつあるのが嫌だなぁ。

 くどいようだけど、受け入れ問題では放射性物質が主役でガレキそのものは脇役なんだ。報道は「放射性物質の受け入れ賛成か反対か」を前面に出すべきで、ガレキを一番に持って来るのはおかしいよ。いつの間にか主従が逆転してる。

 ガレキだけじゃなく、こんなことは他にもいっぱいある。国会議員の定数削減なんかもそうだ。人数が多い少ないじゃない、問題は金だろう。財政難だから金のかかる議員を減らせという話のはずだから、主役は金で議員ではないはずだ。それがいつの間にか議員数だけが問題かのように置き換えられてる。

 あんまり長くなるのはイヤなので、他のいろいろは次回に書くことにしようか。