東京オリンピックなんていらない

 2020年第32回夏季オリンピック開催予定都市の1次選考で、トルコ・イスタンブール、日本・東京、そしてスペイン・マドリードが残った。落選したのはアゼルバイジャン・バクーとカタール・ドーハ。ニュースでも大々的に取り上げられ、「今度こそ東京」という石原東京都知事や関係者の笑顔が映し出された。

 しかし、この時点で第32回大会はすでにイスタンブールに決定したようなものだ。最終選考では1次審査でバクーとドーハに投じられた票のほとんどがイスタンブールに流れることが予想される。なぜなら同じイスラム圏で、何と言ってもイスラム圏初のオリンピック開催が重視される。前回では南米初のリオデジャネイロが選ばれたように、今回の東京も同様に落選するだろう。

 東京が選ばれない理由は他にもまだいろいろある。過去に開催経験のある東京より、これまで4回も立候補して落選しつづけてきたイスタンブールがその意気込みにおいて圧倒的に有利。さらに、2018年冬季オリンピックは韓国の平昌(ピョンチャン)に決定しており、冬季と夏季とつづけて東アジアの近距離開催というのは考えにくい。

 工業や農業で成長をつづける経済都市イスタンブールは非常に魅力的だ。世界中から人が集まる観光地としてあまりに有名だし、過去何千年にも渡り東洋と西洋の分岐点の位置を占め、「東西の架け橋」のキャッチフレーズがハマる。経済だけを見るなら、東京よりもアゼルバイジャンのバクーやカタールのドーハの方が豊富な天然資源を要し成長の勢いが目立つ。

 来年の9月に開催都市は決定するが、まだ1年以上ある。それまで石原都知事の道楽で都民の血税が無駄使いされるのだから、東京都民はもっと注視してチェック機能を働かせてほしい。IOCの調査では都民のオリンピック支持は今のところ47%。これからどうなるか、日本の現状を冷静に考えれば原発事故対策だけでもオリンピックどころではなく、支持率は上昇するより下降した方が健全なのは明らかだ。

 石原都知事は47%の数字を見て「いま日本人が何に胸がときめくかと言えば、ちまちました我欲の充実。やせた民族になってしまった」と語ったらしい。だが、以前の記事にも書いたとおり「我欲の塊・石原慎太郎」のワガママに振り回されるなんてまっぴらゴメンだ。

 オリンピックは国家間の競争を煽る場ではなく、人々の平和を築くための祭典である。ならば、これからもオリンピックを継続したいのであれば、各地域が経済事情に合わせて資金を提供し、いまだ未開催の都市を選ぶよう世界の公平化を図るべきなのだ。オリンピックを「商魂の手段」にしてはならず、オリンピックこそが「譲り合いの精神と公平を実践する場」になるよう方向転換してほしい。

 それにしてもスポーツ選手の足元は弱い。権力のいいなりで操り人形のようである。しかし、スポーツに携わる人々の多くはスポーツの本当の意義を分かっているはずで、東京開催を本気で望んでいる選手や関係者は意外に少ないと思う。弱い立場ゆえに本音を口に出せないだけだ。