集団催眠

 「パフューム ある人殺しの物語」という映画をBSの映画専門チャンネルから録画して観た。これは2006年のドイツ・フランス・スペインの合作映画(日本公開は2007年)で、18世紀のフランスを舞台に香水が主役ともいうべき、やや猟奇的な作品だ。

 なかなか意味深で予想以上に面白かった。ちなみにキネマ旬報では、意外にもベストテンどころかベスト30にも入ってない。極上の香水を作るために若い女性を次々と殺す内容や、ラスト近く750人にも及ぶ集団乱交シーンが不謹慎だからと敬遠されたのだろうか。

 匂いを題材にした映画は珍しいが、特殊な才能の持ち主がその能力を存分に発揮するため道徳や倫理に反しておぞましい行為に及ぶのは昔からよくあるパターンだ。特に科学者を主人公にしたSF物には多く「フランケンシュタイン」などはその典型だろう。

 若い女性を次々と餌食にしたことが発覚して捕まり、主人公は今まさに公衆の面前で公開処刑されようとしている。ところが、殺した女性の皮膚の油を原料に香水の最高傑作を創造した主人公は、隠し持ったその香水をハンカチに数滴垂らし風になびかせながら周囲に漂わせると、処刑を見るため集まった群衆はその匂いにあっという間に魅了され恍惚となり全員が服を脱いで集団乱交に及ぶのである。

 そんなバカな、と思うかもしれない。もちろん、たった数滴の香水の匂いが状況を一変させることなどありえない。だがしかし、このクライマックスシーンはある意味非常にリアルで集団催眠を象徴的に描いている。この作品では18世紀の汚物にまみれ腐臭が充満するパリ市街地がうまく描かれているが、それ以上に、普通でない特別なものを求め憧れる人間の潜在意識を暴いて説得力がある。

 古今東西、人間は集団を組んで妙な方向へ一気になだれ込むことを繰り返してきた。海や湖に集団自殺するという伝説で有名なレミングは決して特殊ではなく、じつは私たち人間こそがレミングそのものだということ。

 一人の特別な人間や一握りの特異な集団が、大衆を洗脳して自在に操ることは昔の話どころか、今現在こそ深刻な問題として重視すべきである。テレビや新聞やインターネットがその道具として使われかねない。本当に人間とは暗示にかかりやすい生き物で、じつはもう既にある程度の集団催眠にかかっているのかもしれない。

 映画「パフューム〜」は、一人の天才と愚かな大衆とを対比させ、いかにも今日的な問題提起を促す作品なのだ、と私は解釈する。