2012年はどうなるだろうか

 年末から年始にかけてのトップニュースは、逃亡中のオウム真理教(現アレフ)元幹部の平田信容疑者が大晦日に逮捕されたことだった。年明け後は、餅をノドに詰まらせてお年寄りが亡くなったとか、火事で民家が焼けて犠牲者が出たとか、冬山で遭難が相次いだとか、毎年繰り返される事件報道が目立った。私の印象だが全国的には比較的平穏な幕開けではなかったかと思う。

 私は初詣には行かないし、年賀ハガキも先年中に書いたりはせず、年が明けてから届いた人へ返事を出す程度で積極的ではない。年末年始の行事に私は興味ないので普段通りの時間を過ごすことにしている。だから年を越したからといって気持ちが新たになることはない。ただ、カレンダーを見れば嫌でも年が変わったことを実感せざるを得ず、区切りやケジメは多少意識した方が良いのだろう。

 今年はどうなるだろうかと想像してみる。昨年は震災と原発事故の影響があまりに大きく、2012年はさすがに昨年ほどの波乱は生じないと思うが、それでも世界情勢に眼をやると予測不能で果たしてどんな展開になるだろうかと心配になる。

 マヤ文明の予言では2012年に人類は滅亡するらしく、数年前には人類滅亡を題材にしたズバリ「2012」というタイトルの映画まで上映された。思い出すのはノストラダムスの大予言で「1999年に恐怖の大王がやって来る」ことから人類滅亡が流行した。勿論、1999年にもいろいろ事件や事故はあったろうが、予言は外れて人類は滅亡しなかった。

 ノストラダムスの予言など、9という数字が三つ並んだ1999年に無理やり人類を滅亡させたかった意図が丸見えで、年号は人間が勝手に作った数字に過ぎず、数字に自然が従っているわけではないのだから、まったくの本末転倒である。数字に翻弄される愚かな人間像が透けて見える。オカルトや予言や超常現象など相変わらずのブームで人気があるが私は全く信じない。しかし、それらに社会が翻弄されるとしたら、それこそがどんなオカルトや超常現象よりも恐ろしい。

 地震津波のような自然現象は防ぎようがないが、原発事故なら防げるはずだ。2012年にも地震津波は襲ってくるかもしれない。しかし、私たちが知恵を出せば二度と原発事故を起こさないようにすることは可能である。原発事故が連鎖すれば、世界はともかく日本が滅亡することは間違いなく、2012年は原発廃炉へと前進してほしい。