遠くの景色

 旅行に出かけ、ホテルや旅館に宿泊したとき景色を眺めたくて部屋の窓を開けると、目の前にマンションの壁や工場の塀が迫っていたらガッカリするだろう。海や山や湖や草原の風景を売る旅先で、もし泊まった部屋から景色が望めなかったら宿泊料金は値引きしてもらいたくなるに違いない。

 眼の健康のため遠くの景色を眺めるのがよい、と随分昔に教わったことがある。遠くの山々や田園を眺めていると心が落ち着き、確かに眼も癒され疲れも取れる。

 東京のような大都会だと周囲がビルだらけで地上から遠くの景色を眺めることはできない。これはとても不幸なことだ。遠くを見るためには高層ビルや○○タワーなどの展望台に登らなければならないなんて、時間やお金や労力のムダではないか。

 東日本大震災を教訓として大津波による被害を避けようと防波堤の建造が推進されようとしている。日本列島は地震列島であり、しかも全体が海に囲まれているのだから、極端な話、海岸線全てに頑丈な防波堤が必要という理屈になってもおかしくない。人命を守るための当然の措置とはいえ、ただ、ちょっと複雑な気持ちになる。

 水平線を眺めようと海岸まで出かけたら、高くて分厚いコンクリートの壁が延々とつづく・・・。それを見て、人々はどんな気持ちになるだろう。人命や国土を守るためには仕方がない、と諦めるしかないのだろうか。

 2014年に金沢〜東京間の北陸新幹線が開通予定だ。工事は着々と進んでいる。私は近くの橋の上から遠くの景色を眺めるのが大好きで、上流を向けば街並みを越えて山々が連なっているし、下流へ振り向くと平坦な緑の田園地帯がどこまでも見え・・・いや、北陸新幹線用のコンクリートのデカイ橋梁が下流の風景を遮ってしまった。なんということだ。海辺近くまでの広い景色がまったく見えなくなった。

 文明の発達は人々の生活をより豊かにする一方、都会でも田舎でも人々から自然の景観を奪う。人々の視野を狭く近場に押し込めるのが文明なのだろうか――。広々とした風景は、いずれモニターでしか見ることはできなくなるかもしれない。