人生には詩(ポエジー)が必要だ

 人と人の出会いは様々だ。ところで、幼い頃から二人は隣近所で育ち、小学校や中学校のとき、または高等学校のときに同級生、近しい間柄のまま互いに惹かれ合いそのまま結婚。そんなカップルの話をときどき耳にする。そしてそんな本人達と出会うこともたまにある。

 幼い頃から仲が良く、大人になっても親しい間柄をつづけ、そのままゴールインするなんて、ある意味とても羨ましいと思う。男女間の微妙なズレなどほとんど無縁な二人。いつまでも仲睦まじい関係が想像できる。

 男と女の関係でたいした障害もないままスムーズに進行するとしたら、確かにある意味とても羨ましい。が、しかし、そんな男女関係からは、なにか物足りなさを感じることも確か。羨ましい反面、なんだかつまらない、面白くない。

 遠く離れたもの同士が偶然に遭遇する。その時、予想もしない火花が散り、予期せぬ展開が生まれ、そこから別世界が広がる。じつは、これは詩(ポエジー)の基本。異質なもの同士が融合することで、まったく新しい世界が誕生する。これはとてもスリリングであり、感動的である。

 申し訳ないが、幼い頃から仲が良く、ずっと近しい間柄、そのまま大人になって一緒になるなんて、そんな人間関係から詩(ポエジー)はそれほど感じない。もちろん、これは外面からの判断に過ぎず、実際の内面世界ではいろいろ複雑な感情が渦巻いているのだろう。そこは計り知れないが、しかし意外性はなく、あまりドキドキしない。

 日本とか中国とか韓国・朝鮮とか、アメリカとかロシアとか、ヨーロッパとか、アジアとか、アフリカとか、なんでそんな国境や地域にこだわるのか。こだわらなければならないのは、丸い地球上に生きるひとり一人の個としての人間、そして互いの個が共存しなければならない世界全体についてだ。

 国際結婚がどんどん進めばいい。そして、肌の色や人種など、なにがなんだかサッパリ分からなくなればいい。遠く離れたもの同士が出会い溶解する。これぞ喜び、これぞ興奮、これぞエロス。人生には詩(ポエジー)が必要なのだ。