離愁(映画)

 つい数年前に観たはずなのに内容どころか題名さえ忘れてしまう映画がある一方、逆に何十年経っても忘れられない映画もある。昔の思い出深い作品の一つが「離愁(1973年フランス映画、監督ピエール・グラニエ=ドフェール、主演ロミー・シュナイダージャン=ルイ・トランティニャン)」。日本公開は翌年の74年だから、私が二十歳になるかならないかの頃だ。

 「離愁」は第二次世界大戦を舞台にした、レジスタンスのロミー・シュナイダーと妻子ある平凡なラジオ修理工ジャン=ルイ・トランティニャンの悲恋物語。二人の抑制された演技が素晴らしく、哀愁が全編に漂い、悲劇的な結末がいつまでも印象に残る。

 ところで私が「離愁」をいつまでも忘れられない理由は内容もさることながら、じつは私が初めて女性と一緒に観た作品でもあるからなのだ。「加代(カヨ)」という名前で、彼女は私より4〜5歳年上の、繁華街の地下にあったアメリカーナというパブのカウンターで働いていた。

 アメリカーナにはよく飲みに行った。楕円形のカウンターが幾つかあって、そのひとつに加代ちゃんが入り何人もの男性客を相手にしていた。女優の京マチ子のようにふっくらして肉感的、目つきや言葉遣いで媚を売り妙に男心をくすぐるのである。通いつづけるうち、だれよりも私を相手にしてくれていると勝手に信じ込んでしまった初心な私は加代ちゃんを好きになった。

 ある晩「今度いっしょに映画を観に行こう」と勇気を出して店のカウンター越しに声を掛けたが、「イヤよ! ひとりで行きなさいよ」と間髪を容れず大きな声で断られてしまったのだ。周りの男性客からの嘲笑が一斉に私に向けられ、予想がものの見事に外れた私は恥ずかしくなり身体中を熱くしてその場にいられなくなった。

 その後どんな展開になったのか覚えていない。オロオロする私を哀れんだのだろうか、拒否したはずの加代ちゃんだったが、それでもなんとか一緒に映画「離愁」の鑑賞を約束してくれたのである。

 好きになった女性と映画を観られるなんて、とても嬉しかったが、しかし最初のあまりに無下な加代ちゃんの態度から素直に喜んでいいのかどうか、わずかに疑念が湧いたことも確かだった。
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