お金よりも時間

 60歳で現役を退くのが当たり前だった前世紀までは、引退後に年金で悠々自適の老後生活を送る…と多くのサラリーマンは憧れていたに違いない。

 時代は変わり、今では70歳、80歳過ぎても働く人がザラで、それも好きで働いてるんじゃなく、働かないと生活が維持できないからだ。90過ぎの老人がコンビニの店員として働く姿もネットで見たことがある。死ぬ間際になってまで働かねばならないとしたら、なんと大変な人生だろう。

 無限の可能性を秘め将来に時間がタップリあった若い頃と違い、年を取れば取るほど先が見えてくる高齢者は、お金よりも時間の方が大切なはず。生活に切羽詰まっていなくても、使いもしない金をせっせと貯めるだけだの老後を送るとしたら、一体何の為の人生か。

 ところで、会社勤めのサラリーマンとBarの経営を体験した私は、そのギャップのあまりの違いにいろいろ考えさせられた。昼から夜の仕事へと生活形態が激変したことは勿論、例えば月曜日を迎えた時は全く正反対の気分を味わうことになる。

 サラリーマン時代の月曜の朝は気分が落ち込み、さらに雨でも降ろうものなら憂鬱で何処かへ逃避したくなったのに、自分の店を経営し始めた途端、月曜が待ち遠しく、早く店へ出かけたくなる始末。この違いは一体何か?

 説明するまでもなく、雇われて奴隷のような存在から、経営者として自分の工夫と努力が形として残り、たとえ年収が半減しようと、つまらない仕事から面白い仕事へと転換したからに他ならない。

 しかし何と言っても有意義な時間を過ごせたことが一番。一日の大部分を生活するため身を粉にせざるを得なかったサラリーマンから、店を持つことで趣味と実益がひとつとなり時間を管理できるようになったことが嬉しかったわけだ。

 ずっと昔にサラリーマンを辞めたはずなのに、今になっても就寝中に会社時代の嫌な夢をたまに見て、目が覚めた後にホッとする。対して楽しかったBarを経営していた時代の夢はほとんど見ない。嫌な思い出はいつまでも脳裏に張り付いてる。