ある日、突然逮捕される

 フランツ・カフカ(1883〜1924)は20世紀にもっとも影響を与えた小説家の一人だ。「変身」「審判」「城」などの中・長編以外にも、「流刑地にて」「掟の門前」など多くの短編も有名である。

 前回の記事で「城」を取り上げたが、特定秘密保護法案が通りそうな今日の状況において、私には「審判」で描かれた世界が鮮明に蘇る。

 「審判」の主人公ヨーゼフ・Kは30歳の誕生日に監視人から逮捕されていることを告げられるのだが、なぜ自分が逮捕されているのかさっぱり分からない。監視人もその理由を知らないという。ただ逮捕されているものの通常通り勤めることができるらしい。しかし、一年後の31歳になる前夜に処刑人から「犬のように」殺される。

 こつこつと毎日を生きる多くの庶民にとって、カフカが創作した「審判」の世界はあり得ない世界であり、どこか遠い異次元の不条理劇と見えるかもしれない。ところが、しかし…

 カフカは20世紀どころか21世紀の今日を見事に予言してくれた。官僚が権力を操る現状。何もかもが秘密にされてしまうので、逮捕される方もする方も理由が分からない社会。これは小説という架空の物語ではなく、まさに日本の現実となる。

 説明するまでもなく、特定秘密保護法案は表向き公務員のみを対象にしているかのようだが、これはありとあらゆる人々が知らぬ間に罪人にされるかもしれない恐怖の法律であることは、今や周知の事実となった。

 どんな小さなことでも一端秘密にされると、それに付随するものが次々と秘密にせざる得なくなり、ようするに何もかもを秘密扱いにしなければ辻褄が合わなくなるのだ。民主主義社会は情報公開が基本中の基本のはずなのに、日本は不気味な全体主義国家へと突き進む。

 小説家カフカは予言者となり重大な問題提起をしてくれた。私たち庶民は予言者になれなくとも問題を意識しつつ危機感を抱き、そして自分なりに賢くならなければと痛感する。ある日、突然逮捕されないために…。