昔は悪かった

 「昔は良かった」と思った時点でその人はもうお終いである。坂を下りつづけ衰え、後は死を待つばかり。それにしても、良かったその昔とはいつ頃で、いったい何と比較してそう思うのか。

 おそらく、年齢を重ねた人が楽しかった若い頃を懐かしんでいるのだろう。そして自分が活躍した頃の社会状況が今よりはマシだったと信じているのだろう。あるいは遥か昔、英雄が跋扈し、伝説に彩られた世界に憧れを抱いているのだろうか。だが、郷愁や憧れは非実態であり、あり得なかった世界を夢見ているだけ。そんな幻想を断ち切らなければ現在の自分は益々惨めになる。

 社会状況に関して今の方が良いとは勿論言えない。だが、多くの問題を孕んだ現在社会に対し改善のため批判・実践出来るとしたら、それはとても健全で有意義なことであるし、たとえ身の回りの狭い範囲であろうと現状を少しでも変えようとするなら、その行為こそが幸せの証になるだろう。

 現在のイギリスは「昔は良かった」との幻想に浸りたがる典型かもしれない。先日の総選挙でEU離脱推進のジョンソン首相率いる保守党が大勝(総督票数は50%以下なのに、小選挙区制の悪しき弊害がモロに出た)。来年の一月末にはEUからの離脱を正式に確定、その後約一年かけ離脱手続きを終了させる方針らしい。

 ジョンソン首相のスローガンは「イギリスを再び強い国に」。米国のトランプ大統領や日本の安倍首相も似たようなことを口にして、彼らに共通するのは助け合いや共存・共栄の理念が欠落し「自国こそが一番」と思いたがること。平等な世界や開かれた未来に対して逆行の姿勢である。

 かつて七つの海を支配した「大英帝国の栄光」が忘れられず、そのプライドに縋り付き、そして威張りたいという人々が、現在の小国イギリスにもまだまだ大勢いるということ。だが、EUを離脱してイギリスは今後どうなるか。分かりきってる、イギリスの没落・衰退は加速するだけである。

 ところで私は映画が好きで昔の名作もよく鑑賞するが、現在にも語り継がれるそれらに接してだから昔は良かったとは思わない。昔も今もくだらないつまらない作品は多く制作され、時代を超えた普遍性を備えた作品だけが生き残れる。昔の名作だけでなく、現在の傑作も鑑賞できる今を私は生きており、そんな意味からも私は今現在を肯定する。