オリンピックを振り返る

 ロンドン・オリンピックがようやく終わる。前半はそれなりに見ていたが、後半に入ってからはちょくちょく見る程度、結果のほとんどはテレビや新聞やインターネットで知った。

 全体を振り返ると、プロアスリート達の集まりとしての祭典にはやはり違和感を抱かざるを得ず、オリンピックを根本的に見直すべきだ。中国や韓国では金メダルを獲ると生涯が保障されるらしく、こんなスポーツのあり方はやはり間違っていると思う。これは日本を含めた他の国々も五十歩百歩であり、かつての悪名高き東ドイツのシステムが世界全体を覆ってゆくような気がしてならない。

 本来、スポーツは何のためにあるのか。それは、勝つためとか、金メダルを獲るためとか、安楽な生活を送るためとか、ましてや国威発揚のためとか…それらのためにあるのでは決してないはずだ。人間は何のために生きるのか、という根本命題にそれは繋がり、簡単に答えは出ない深い意味を含んだ問いかけなのである。

 今のオリンピックを見る限り、その根本命題をすっかり忘れ、単なる勝負事の浅い世界に埋没している。選手を含め、オリンピックの主催者並びに関係者達に決定的に欠けている意識は「スポーツとは何か」という自らへの真摯な問いかけではないだろうか。

 生活手段を他に持ちながらスポーツを趣味として楽しむ、そんな自立した人たちが競い合うオリンピックは不可能だろうか。今現在、専門競技で糧を得るプロアスリートたちが集うオリンピックになるのは仕方ないとしても、プロであろうとアマであろうと、国家や企業、すなわち権力に操られるようなスポーツの祭典はやはり空しい。

 国や地域という呪縛から解放されたスポーツ選手たちが集い競い合うオリンピックを目指すべきだが、しかし実際はスポーツ選手の自立などほとんど無理かもしれない。選手が自立する前に、これからは時代の変化と共にスポーツ全般が廃れることも予想される。

 ところで、8月の6日と9日は広島と長崎へ原爆が投下された日。一瞬にして何十万という犠牲者が出て忘れてはならない日だ。しかし、夜7時のNHKテレビニュースでは最初から長々とオリンピック関連を流しつづけ、中盤から最後の方でようやく原爆の日の様子を報道していた。日本のマスコミはオリンピックに騒ぎ過ぎだ。