不思議な老木

 近くを流れる川の土手に一本の老木が生えている。私の住居からおよそ50〜60メートルのところにあるが、かなりの大きさで幹の太さは3メートル以上、高さは15メートルほどだろうか。周囲に樹木が生えていないのでひときわ目立つ。なにより変わっているのは、地面から垂直ではなく、太い幹が土手の真横から出て生えていることだ。

 土手は昔から道路として利用されていたが、かつては土の匂いがして雑草に覆われていた。それが河川敷の整備とともに今ではコンクリートで固められ草が生える余地もなくなった。しかし老木は切り倒されることもなく今日まで生きてきた。地肌からではなく、コンクリートの斜面からにょっきりと生えている光景は一種異様な感じがしないでもない。

 この老木の周囲でよく遊んだが、なによりも河原へ降りるときや道路に上がるときは太い幹をよく利用したことを思い出す。樹齢はどれくらいなのかハッキリ分からないが、太さも高さも昔から全然変わらず、少なくとも私が生まれるより遥か以前から存在していたことは確か。街並みや川の流れの変化を同じ場所からじっと見つづけて来たのだ。

 私は草花を始めとする植物全般に興味はあるが、ひとつひとつの樹木の名前までは詳しく知らず、松や杉ならともかく老木がどんな種類なのか残念ながら分からない。しかし毎日眺める老木の存在感は独特である。

 秋も深くなると老木は落葉し、みすぼらしい裸木となる。その姿はやせ衰えて今にも朽ち果てそうでいかにも寂しい。長い冬の間は冷たい風雪にさらされ一層のこと哀れだ。ある日突然、枝々がいっせいに折れてバラバラと崩落し、この世の終わりを暗示する錯覚を見る。

 そんな老木だが、4月に入り初夏の季節を迎えると、幹の根元からか細い枝の先端までいっせいに葉が芽吹きはじめ、またたく間に全体が新緑に覆われ空を覆い隠すのである。いかにも弱々しい今にも倒れそうな裸の老木だったのが、あっという間に深い緑に包まれ若々しく蘇る。そんな逆転現象を目の当たりにすると、不思議の世界に放り込まれたようで私は生命の神秘と力強さをいやでも感じるのである。