猫はどこへ行った?

 私は動物が好きだ。東京で暮らしていたとき何度か上野動物園に足を運んだが、都会のど真ん中で世界中の珍しい生き物と接することができるなんて、動物たちにはいい迷惑だろうが私には貴重な体験となった。インターネットの普及でたくさんの様々な動物の写真や動画がアップされて本当に便利だが、しかしどんなに技術が進歩しようと本物に適うわけがない。動物と直接触れ合うことは人生経験の中で特別に重要なことかもしれない。

 ところで人間のタイプには犬派と猫派とがあるらしく、またもや二元論に陥るようで嫌だが、私はどちらかと言えば猫派に属すると思う。性格や人生観からの判断ではなく、単に好きかどうかの問題で、私は犬も好きだが猫の方がもっと好きなだけ。だから動物園に行けば、私は虎や豹や山猫の前でいつまでもじっとすることになる。

 かなり昔、古いアパートの四畳半一間で暮らしていた頃、私の部屋を野良猫が窓越しから覗きこんでは食べ物をしょっちゅう強請ることがあった。猫好きな私は掌に魚の切り身を乗せて近づくと、猫は頭を出して口に銜えるのかと思いきや、彼奴は前足の鋭い爪を伸ばし私の掌を引っ掻いて魚をさらっていった。掌をじかに抉られた私はあまりの痛さに悲鳴を上げた。コノヤロー!と思ったが、しかし野良の習性を見抜けなかった私が甘かったに過ぎず、猫が悪いわけではないのだ。

 その後、何度も接するうちにかなり慣れて、窓越しの対面だけでなく野良猫は部屋の中に入って休むようにもなり、あげくは私の膝の上に乗るまでになったのである。冬の寒い夜のひととき、本を読んでいるとき私の胡坐の上で蹲る生きた猫は暖房変わりになって助かった。それでも完全に慣れるまでには至らず、用心深い猫に私の信頼は得られなかったのか、その後も爪で引っ掻かれることは度々あった。どんな事情が生じたか知らないが、やがて猫は姿を消してしまった。

 金沢に帰って街中を散歩しながら気づくのは猫がいないこと。私の子供の頃には野良猫だらけだったのに、いったいどこへ行ってしまったのだろう。市民の苦情を聞いて役所が処分したのか。犬を散歩する人はどこでも見かけるが、野良猫の姿が見えない。みんな飼い猫になって家の中で暮らしているのか。従順な飼い犬ばかり、勝手気ままな野良猫がいない街中は物足りない、寂しい。