アダルトサイトについて

 インターネットを覗けば星の数ほども存在するウェブサイトだが、その半分はアダルト系すなわちポルノではないかと私は思っている。どんな社会構造の下でも性産業は常に付随しており、特にインターネットの世界はじつに活発である。

 私はアダルトサイトなどほとんど開かない(いや、じつはときどき開いてはいる)が、いくつかを見てつくづく感じることがある。本当にビックリするほど多くの美しい女性たちが肢体をくねらせ喘ぎ悶えているが、そのドラマ性が皆無の直接描写にはエロティシズムの欠けらもなく想像力をほとんど喚起させてくれない。

 今のところポルノに関してインターネットの世界では何でもありのようで、無修正で性器がモロ出しの男女が絡み合う動画が頻繁に配信されている。体制側が気にする「青少年育成」という観点からこれは大問題のはずだが、しかし規制はほとんど掛けられていないのが実情だ。

 ところで、フランスの思想家ジャン・ポール・サルトルに「想像力は権力を奪う」という言葉があったと思うが、まさに人間が人間らしく生きるには何よりも想像力が求められる。逆に言うと、体制側が権力を常に維持するためには一般大衆が賢くなっては困るのであり、大衆はいつまでも愚かであってほしいと願う。大衆が想像力を駆使して権力批判することを体制側は最も恐れる。

 前回の記事のつづきになるが、体制側は「平和と安全」をいつも口にしながら徹底的に支配し、徹底的に管理したがる。一人ひとりの人間が自由で平等になれば自らの体制を守れないからである。体制維持のためには大衆が想像力を発揮できないようにいろいろ工夫するはずで、想像力が権力を奪うからこそ、想像力を萎えさせなければならない。

 インターネットのアダルトサイトが野放しにされているのは当然といえば当然なのだ。男たちが直接描写のポルノ漬けになればなるほど想像力は衰えてゆく。反抗的・批判的精神を育てないようにするには終日ポルノを大量に流しておけばいい。ポルノこそが大衆のための「健全なサイト」というわけだ。

 もはや男たちに未来を託すわけにはいかないかもしれない。これからは女性の力が試されることになるだろう。それにしても周囲を見渡せば、経営者も政治家も相変わらずバカな男たちが大勢のさばっている。