券売機について

 今やどこにでも券売機が設置され、乗車券や入場券はたいがいそれで用を済ませる。人の手を借りることもなく便利といえば便利だが、しかし券売機はない方がいいと思う場所がある。

 券売機が不要だと思う一番の場所は飲食店だ。歴史を感じる佇まいや癒しの雰囲気が漂うところ、そうして店内が比較的狭ければ特に要らない。大きい食堂のような出入りが激しい、いかにも食べたらすぐに席を立たねばならぬ慌ただしい場所ならまだしも、人がくつろぐ場所に券売機は似合わない。

 食事中は人間にとって最もリラックスできる時間帯。そんな意味から、定食屋さんであろうと、ラーメン屋さんであろうと、大企業の社員食堂であろうと、血の通わない、いかにも冷たい感じの券売機は、広い狭いにかかわらず設置しない方が好ましい。

 ところで、現在の日本人におけるもっとも大衆的な食べ物に牛丼がある。いくつもの外食チェーンが競っているが、たとえば私などは松屋よりも吉野家の方がダンゼン好きだ。なぜなら、松屋には券売機が設置されているが、吉野家に券売機はなく店員と直接金銭のやり取りをするから。ついでに、券売機の有無にかかわらず、牛丼そのものも吉野家の方が旨いと思う。

 扉の前や、あるいは入ってすぐ脇に、券売機が設置されたBARやスナックを想像してみるといい。入ったとして、非日常の時間と空間を楽しめるだろうか。ウイスキーやカクテルを売券で注文するなんて、これじゃ酔いたくても酔えない。およそBARやスナックほど券売機と不釣り合いな場所もないだろう。

 自動販売機や券売機はいかにも今日的にデジタル化された機械で大衆に浸透している。かつては日常がアナログ的で曖昧な世界だったが、それがいつの間にか日常がデジタル化したことで、非日常空間のBARやスナックが唯一アナログ的世界として残っているようだ。

 デジタル化は便利で無視できないが、しかし淫らで曖昧で混沌とした人間模様を醸し出すアナログの領域は失いたくない。