非日常を味わう

 毎日、生活の雑事に追われていると、ボンヤリと過ごせる時間がなかなか持てない。ある意味、ボンヤリするのは人間らしさを回復する貴重な方法だから、たとえわずかな時間でも確保できるなら、なんて幸せなことだろう。

 仕事をはじめ、炊事、洗濯、掃除、ゴミ出し、スーパーでの買い物・・・等の日常は身近な現実そのもの。四六時中そんな現実に埋もれていると、人生が窮屈になる。つかの間でもいい、人生には己を開放する非日常が必要だ。

 私の楽しみは映画鑑賞や読書、散歩やサイクリング。そして最高の贅沢は、馴染みのバーでジャズを聴きながらウイスキーを嗜むこと。

 音楽に関して私はどんなジャンルでも聴くが、中でもジャズ、特にモダン+前衛系が好きだ。チャールズ・ミンガスエリック・ドルフィーアルバート・アイラーなんかの音に聴き惚れる。酒も私は何でも嗜むが、ジャズを聴くときは、やはりウイスキーが良く似合う。バーボンよりも、スコッチかアイリッシュ。たまに外出し、それなりに贅沢なひとときを過ごすには、酒はある程度の代物でなければ旨くない。

 話し相手などいらない。たったひとり、カウンターに向かいボウモアマッカランやジェムソンの12年物ロックを口に運びながらハードバップのジャズに耳を澄ませば、現実を離れ別世界が拓けてくる。アルコールの酔いとジャズのリズムが、よからぬ妄想を膨らませる。

 経済的な余裕があまりない私のような貧乏人は、ささやかな贅沢も常に体験できるわけではなく、だからこそ、たまにしか味わえない非日常はとても貴重な時間と空間になる。

 ジャズを聴きながらウイスキーを飲むことぐらい自分の部屋でも可能だが、悪い音質と安酒に浸るのは不健康。日常の内側でどんなに非日常を演出しても実体は現実に囚われたまま、心が溶けだし身体が鉄格子をすり抜けることはない。