胃袋の問題

 人間の身体を作る各々の部位は、そのどれもが生きるためになくてはならない大切なものばかり。そんなこといちいち説明するまでもなく、頭のテッペンから足のつま先まで、身体のどこかに欠損が生じると不便この上ない。

 しかし、あえて優劣をつけるなら(こんな書き方はしたくないが)、手足や目や耳のような外部的なものより、脳、心臓、胃袋、生殖器官のような内部的なものの方がより重要だ。なぜなら、手足や目や耳がかりに不自由になってもまだ何とか生きてゆけるが、脳や心臓や胃袋や生殖器官が壊れると生存不能になるからだ。

 とりあえず、脳、心臓、胃袋、生殖器官と四カ所を挙げたが、肺や肝臓や腸や腎臓など重要であることはもちろんである。長々と書きたくないので、脳と心臓と胃袋と生殖器官に絞れば、この中でもっとも大切なのは、なんといっても胃袋。胃袋がある程度満たされなければ、脳も心臓も生殖器官もその他の臓器も働けない。どんなに優れた考えも、どんなに温かな心も、どんなに強い性欲も、それらは胃袋が満たされ初めて能力を発揮できる。

 基本中の基本は胃袋だ。これは人間に限らずあらゆる生物に当てはまる。生きるためには胃袋をそれなりに満たさなければならない。そんな大切な胃袋を、もし他者によって握られるとどうなるか。普段からどんなにエラそうな講釈を垂れようとも、胃袋の管理が自らできなければ「エラそうな講釈」にも説得力はなく他者の言いなりになるだけ。

 じつは、大勢の会社員が特に好きでもない勤め先の仕事を毎日こなすのは、まさに己の胃袋を会社に握られているから。仕事を干されたり、ましてやクビになったりすれば、明日から自分の胃袋が空っぽになりかねず、胃袋が空になるということはすなわち「死」を意味する。それが恐くてしょうがないから、人々は力に逆らえない。

 できるだけ自らの胃袋は自ら管理したい。だが、誰もが自給自足できるわけがなく、別の誰かに頼りながら胃袋をなんとか満たしているに過ぎない。こうしてみると人間とはつくづく弱い存在だなと思う。その弱さを自覚しつつ、弱者同士でお互いの胃袋を助け合えればいいのだが…。権力は常に弱者の胃袋を狙う。権力に胃袋を握られると、それこそ見かけは立派にさせてくれるが中身のない単なる操り人形と成り果てる。

 人を判断するとき、顔や頭や心で判断するだけでなく、その人の胃袋を直視してみよう。どんな人か、胃袋を見るだけで大体検討がつく。