本当の自由

 「型にはまるな、もっと柔軟に」と自らに言い聞かせたい。これすなわち、目的と手段を履き違えるな、ということ。「~すべき、~でなければならない」と自らを縛ってばかりいては、斬新な発想は湧いてこないし、目指す成果も得られるはずがない。

 日々を振り返り、これまでの生活様式を点検すると、どうしてこうも安易に型にハマってしまうのかと呆れてしまう。自らを律するとは聞こえはいいが、言葉を変えれば、自らに鎖を巻きつけてきただけじゃないか。

 自分の自由のため他者に足かせをはめることは論外だし、もちろん、他者の自由のため自らが犠牲になる必要もない。私もあなたも自由であること。しかし、そのために「自己」を意識し過ぎるのは禁物。本当に自由になりたければ、自分自身からも解放されるということ。

 こうして毎週自分のブログにエッセイのようなものを書いてる私だが、書きたいから書いてるわけで、「書かなければ」という気持ちに支配されてはいけないとつくづく思う。その意識が強過ぎると、それに囚われ、自由の領域がどんどん狭くなる。

 おそらく、毎日日記を書き続けてる人はかなり多いと思うが、日記なんか毎日書かなくてもいいはずで、書きたいときに書いて、その結果毎日つづいてるだけというのが健全だ。  

 運動も継続が肝心と、毎日身体を鍛えることが奨励されるが、休息日を設けた方が効果はあるらしく、適当に手を抜くことが重要で、一週間に土曜日や日曜日が必要なのと同じ。

 生理に直接関係すること、すなわち「食事、排泄、睡眠」、毎日しなければいけないのはそれくらいで、その他の日常は自分の好みで組み立てたり替えたりすればよい。繰り返すが、本当の自由とは「自分自身からも自由になる」こと、でもそれはとても難しいんだけどね。